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Māyādevī Vihāra blog

マーヤーデーヴィー精舎ブログ

「幸せ」「幸福」ってなんだろう!(2010/12/17更新)

久々のブログ更新になります。

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私たちは生きています。そして、かたちは違えど「幸せ」「幸福」になろうとしています。


しかし、その「幸せ」「幸福」というものが一体何なのか?どういったことなのか?ということは具体的に理解し、それを実行できているとは言えません。


なぜでしょうか?「幸せ」「幸福」になりたいと希望していますが、その幸せが何なのかということを知らないからではないでしょうか。


お釈迦様は究極の幸福は「解脱」「涅槃」に達することであると説かれています。つまり「悟る」ことです。どういう意味なのでしょう。


私たちは①眼で見ること②耳で聞くこと③鼻で嗅ぐこと④舌で味わうこと⑤身体で触れること⑥心で考えること、という6つの組み合わせを感じでいます。


私たちのどんな幸せも、いかなる幸福も、結局はこの6つの組み合わせによるものです。一度、幸せを感じているときに自分自身を観察してみて下さい。


そして、私たちはある6つの組み合わせた出来事(現象)に幸福を感じ、その幸福感を求め続けて生きています。と同時に幸福感を求めて生きることは、とても大変になります。


お釈迦様は究極の幸福を「解脱」「涅槃」と説かれました。大変失礼なのですが、難しい内容ですので「落ち着き」「平安」という言葉に変えさせていただきます。


ですから、私たちの求めている「幸せ」「幸福」とお釈迦様が仰っている「幸福」は違うものになります。しかし、「落ち着き」「平安」が幸福というのはどうしてでしょうか?


この「落ち着き」というもの私たちが考える「落ち着き」とは質が違うようです。慣れ・マンネリということではありません。こころに悩み・落ち込み・怒り・興奮・苛立ちがなく、冷静で静か、海が波立っていないような状態のようです。


お釈迦様が推薦する幸福は、いかなる場合・状況になっても心が「落ち着き」を放っているということらしいのです。いかがでしょうか?


私たちはたくさんの物を持っています。そして今も幸せになりたいと生きています。しかし、苦労はしても一向に報われないような、求めているもので幸福になれるのかは定かではありません。ですから、もう一度「幸せ」「幸福」を自ら見直す必要があるのではないでしょうか?


最後にお釈迦様は「幸福になることを諦めてはいけない」「幸せになりなさい」とも仰られ、その具体的な実践方法も私たちに教えています。ですから、どんな時でも諦めないで、くじけないで、「落ち着き」という幸福に挑むべきです。


みなさま どうぞ良いお年をお迎え下さい。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~